元ブログコメ、はてなブクマ、転載ガジェ通の顔本コメ含めて、考えさせられる記事。これが世界。
”そういうSNSで私が広く何を告知したいかというと、たかだかポップコーンを買うためにも40分近い行列をこなさなければならないという過酷な環境に置かれた東京のディズニーランドの惨状です。あれはない。悪辣な資本主義のルールに則り汚染されたビジネスの権化と化したディズニーランドが、その貫徹されたブルジョアジーの果てに築き上げたディズニーランドが、カネと名声をみせびらかして「おう、お前らは俺の王国で遊んでいけよw」といっているに等しいディズニーランドが、実際にその敷地内で起こしていることとは共産主義下のソ連・モスクワもかくやと思わせる貧困なサービスを受けるためにできる長蛇の列ですよ。なんでたかだかポップコーンを買うのに炎天下のなか汗だくになって並ばなければならないのですか。しかも値段は高い、そこまで旨くもない。許せん。実に許せん。激おこぷんぷん丸なのであります。”
……このおとうさんなんだかんだでTDRめっちゃ好きやんwww
当初1944年(昭和19年)11月24日にヘイウッド・ハンセル准将の指揮により始められた日本本土空襲は、軍需工場、製油所などの目標地点のみを攻撃する計画であった。なぜならハンセルは非戦闘員である一般市民を巻き込む無差別爆撃に対して非人道的だという感情を抱いていたからであった。
しかし、元々米軍による日本本土空襲は、戦闘員同士の通常の戦闘では米軍側の被害も多く出るので、それを回避しつつ日本の降伏を早めることが狙いであった。そのためには「軍需工場のみならず、軍需工場の労働者の家や使用する道路、鉄道を破壊することが効果的だ」というヘンリー・アーノルド大将の意を受けて、翌年の1945年(昭和20年)1月21日にカーチス・ルメイ少将と交代した。ルメイは大規模な無差別攻撃を立案、その手始めに東京を選んだ。 ただし、かなりのリスクを背負っていた。それは、
1.燃料節約のためB-29は編隊を組まないで、単独飛行にしたこと。コースを外れる危険性があった。
2.低高度(高度7000 - 8000フィート)からの焼夷弾を投下する。日本上空の強い風を避け、目標を絞りやすいが、対空砲火や日本の戦闘機の標的になりやすい。
3.爆撃の効果を上げるために搭乗員を減らしてまで、焼夷弾や燃料の搭載量を増やした。迎撃に遭遇しても反撃できなかった。
というものであった。
このルメイの立案の低空飛行に兵士が難色を示すと、ルメイは葉巻を噛み切って「なんでもいいから低く飛ぶんだ」と言ったという。空襲時の東京を空から一定の時間おきにスケッチするため高度1万mに留まっていた飛行機もあり、帰還後ルメイはそのスケッチを満足げに受け取ったという。
ルメイは、「この空襲が成功すれば戦争は間もなく終結する。これは天皇すら予想できぬ」、「我々は日本降伏を促す手段として火災しかなかったのである」と証言している。一方で、「もし、我々が負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸い、私は勝者の方に属していた」とも語っている。
1964年(昭和39年)12月4日に日本本土爆撃を含む対日無差別爆撃を指揮したカーチス・ルメイに対し勲一等旭日章の叙勲を佐藤栄作内閣が閣議決定した。(授与は7日、理由は航空自衛隊育成の協力)
シロクマさんは言います、『「周りは既にベテランばかり」というフレーズは、古参のネットユーザーなら聞き飽きていると思う』と。
そう、聞き飽きているんですよ、俺たちは。聞き飽きているほど聞いている我々自身がベテランなんですよ。
多くのベテランがいても物ともせず書かずにいられなかった、ベテランの屍を乗り越えて、幾多の他ブロガーの拳にも負けずに今も残っている俺たちが。
その俺らの持っているマッチョさ暑苦しさが、多くの人達をSNSに追いやったように感じられて仕方ありません。
彼らの多くが「ブロガーだけしか知りえない境地を希求」しないからこそ、増田で書く奴が増えてきたように感じられてなりません。
そしてだからこそ、はてなブログはトラックバックを「過去の遺物」としてなくしてしまったのだとも。
我々は「長文を書けること自体が喜ばしい人」なのですが、「他人をダシにして他人を文章でぶん殴ることに快感を覚える人」でもあります。そうでない人たちももちろん多く存在し長文を書く歓びを満たしたいがためにブログを書いているのに、我々はそういう人たちにも「ヒャッハー!」とハチェットを振り上げて襲いかかります。「ブロガーだけしか知りえない境地を希求する」ために無辜の人に殴りかかることも少なくありません。
シロクマブロガー精神のような高潔な魂は、古来日記サイトやテキストサイトでも語られてきたものです。非常に高潔ではあるのですが、この高潔さがちょいちょい口にされるようになると文化としてはちっと不安になります。いつか「ブロガー魂を持ってはいるが、拳をぶつけられる相手がいない」ことになってしまうだろう、と思うのです。
Twitterでの他の話でも言っているけれど、「シロクマ先生のスタイル・自己規律は自分がネットワーカーとして生きるためのものであるから、何一つ否定される謂れはない。だからそのままでいい。そのスタンスは尊重すべきものでもあります」と改めてお伝えしたい。
で、シロクマ視点ではTwitterが大きく下の位置付けになっているようですが、この話題のように「長文のやり取り」のきっかけにTwitterがなることもあります。SNSでの繋がりがきっかけで改めてブログに向かう方向性だってなくはありません。現に俺がそうです。
純度の高いテキスト野郎としてブログ界隈の目線を持つことは大事でしょうが、「外」を見る時はもうちっと広くあるいは低い目線を持ってみても良いんじゃないでしょうか。
「長文を書く歓び」を持っている人たちはそれなりにいますがね、「ブログ」が「ブロガー」が皆高潔な魂を持っているかのように振る舞っちゃあならんですよ。「ブロガーは文章で殴りあうもの」として、他を下に見るようなことをしているのはいかんですよ。「みんなもっとブログを書いていくべきだよ!」という点では一致しますが、「ブログ戦闘打撃力」とかそういう話はとりあえずどうでもいいんですよ。そういうのは「ブロガーとしてではない外側のブクマ野郎たち」の視点で語っておけば良い、と思いますわ。
木村 僕が取材した旧ユーゴの“民族浄化”について言うと、80年代後半までは多民族が温和に共存していた。ところが、殊更(ことさら)に差異を煽ることで急激に関係が悪化し、殺し合いが始まってしまった。ひとつ例を挙げると、04年3月にコソボでアルバニア人自警団によるセルビア人狩りを目的とする大暴動が起きたのですが、それがまた流言飛語から始まっているんです。南部のある小川でアルバニア人の子供が溺死した。で、それはセルビア人が犬をけしかけて溺れさせたからだと口コミで広がった。その結果、銃や斧を持った民間のアルバニア人がセルビア正教教会や民家を焼き討ちして4500人が難民となり、19人が殺害された。僕はその子供の遺族に取材して、亡くなった小川の現場まで行ったんですけど、もう水深が膝下くらいで、そこで溺死するはずがないんですよ。真相は亡くなった子供の友達が言っちゃった思いつきのウソだったという。
園 子供のウソだったの!?
木村 ええ。自分の過失を責められたくないがゆえに、そういうことを言ったら、それがコソボ全土に飛び火して殺戮(さつりく)が始まったわけですね。後からは訂正がきかないんですよ。実は日本の検事も、ハーグ戦犯法廷の判事として行って、その流言飛語を信じて本にまで書いている。UNMIK(国連コソボ暫定統治機構)警察もデマと認めたし、そんなものは事実じゃなかったということがわかるんですけど、小さなきっかけで暴発して国際的にも事実として流通してしまう。
| — | ネット右翼に贈る「非国民のススメ」 - インタビュー - 週プレNEWS (via kanose) |
恥ずべきことであるが山中伸弥教授のノーベル賞受賞という偉業が森口尚史氏の口からでまかせで汚されることになってしまった。山中教授が確立したiPS細胞関連技術を使用して心不全の患者の治療にあたったという話をでっちあげたのだ。
ジャーナリズムの質が低いことによりこの話があんなにも広く報じられてしまった。これはことさら科学記事に特有のことではないだろうし、日本だけの問題でもない。それでもなお読売新聞の森口氏の「功績」に関する報道には大変失望したし、日本経済新聞など他の新聞もこの10年の長きに渡り裏を取らずに森口氏を記事に載せてきてしまったということを認めている。確かに、科学者の研究というものは本質的に難解であるので、科学について報道することは時に恐ろしいことである。なので今回は記者の皆さんが専門家に挑む際に役立つ実践的なステップを紹介しよう。
